#081 日本社会の課題解決と市民性の創造をめざして

田中弥生(エクセレントNPOをめざそう市民会議理事、言論NPO理事、元日本NPO学会会長)
聞き手/中野羊彦

(ドラッカー学会発行「ドラッカー・フォーラム」より許可を得て転載)

 

ドラッカーは、1980年代以降、次第に非営利組織(NPO)のマネジメントを重視するようになった。ここでは、ドラッカーの下で非営利組織の経営・評価について学び、日本で非営利組織の活動の向上に取り組んでいる田中弥生氏に、ドラッカーの非営利組織に対する考え方や、日本の非営利組織の現状について、お話を伺った。田中氏は、日本の優れた非営利組織を増やすため、エクセレントNPO大賞の活動を推進されている。

『新しい現実』に出合う

--田中弥生さんは、エクセレントNPO大賞の活動をされていますが、そもそも非営利組織に関心を持つようになったきっかけは何でしょうか。

私は、もともとは民間の企業に入り、国際広報の仕事をしていたのですが、その後転職し、国際教育に携わる財団法人に入りました。そこで見たのが、アメリカの名だたる企業が社会貢献をする姿でした。企業にはコミュニティアフェア部があり、寄付をするのが当たり前になっていました。

そこで、その財団に問題提起をし、アメリカの企業が地域社会のために何をしているのか、調査を行うことにしました。例えば、アップルの技術者が地域の人たちに算数を教えたり、アメリカン・エクスプレスが、カード使用料の数パーセント自由の女神の修復に寄付するなどの事例の調査です。更に調べてみると、アメリカの地域貢献活動は、企業だけで実施しているのではなく、パートナーがいることが分かりました。それが非営利組織でした。

その後、アメリカのフォード財団で、インターンとして、アメリカの都市の貧困対策のプログラムを実地で学ぶ機会も得ました。そこで目にしたのも非営利組織でした。地域コミュニティの再開発やホームレスの援助、コミュニティバスの運営などを非営利組織が担っていたのです。

--なるほど、田中さんはそのようにして非営利組織の調査をしていたのですね。では、ドラッカーとはどのような形でかかわりを持つようになったのでしょうか。

私が、財団法人に勤務しながら、アメリカ企業の社会貢献活動の調査やアジアのNGO支援をしていました。その頃、あるテレビ局のディレクターから「わからない所があるので教えてほしい」という電話がありました。そのディレクターが持参したのが、ドラッカーの新著『新しい現実』でした。ディレクターは、この新著の映像化の企画書を作っていましたが、何度読んでも分からない章があると相談してきたのです。それが、非営利組織のことを記した章でした。

私は、この『新しい現実』を読んで、驚きました。今まで、自分が従事してきた仕事そのものが書かれていたからです。そこには壮大な世界観の中で非営利組織の重要性が描かれていました。私はむさぼるようにその本を読み、この著者を日本に呼ぼうと心に決めました。その後、1992年、ドラッカーの財団のシンポジウムでドラッカーに会うことができました。『新しい現実』の日本語版を持っていってサインを求め「日本に来て下さい」と言いました。しかし、ドラッカーは当時80歳を超えており「もう年だから」と断られましたが、諦めませんでした。そして、1993年、東京でのドラッカーの講演を実現させたのです。もちろん、テーマは非営利組織です。2年後、私はドラッカー教授が住む米国のカリフォルニア州クレアモントに居を構え、大学院で非営利組織を学ぶ機会を得ることができました。

思想の原点

--ドラッカーは、非営利組織に対してどのような考え方を持っていたのでしょうか。

ドラッカーの思想の原点は、「一人ひとりが位置と役割を持つ自由な社会」です。それは、青年ドラッカーが、ナチズムの全体主義を前に、憤り、嫌悪し、苦悩した末に、自ら導き出した答えでした。何故ナチスが出てきたのか。それは、社会が崩壊し、長期の失業などにより、人々が社会における位置づけと役割を失ったからです。人々は、「自由」を捨ててでも、このような不安から抜け出ることを願い、そこからナチスが出てきたのです。ドラッカーは『経済人の終わり』を書いて、ナチスが出てきた要因を分析しましたが、次の著作『産業人の未来』では、人々に位置づけと役割を与える自由な社会の統治原理を検討しました。人々に位置づけと役割を与えるには、新しいコミュニティが必要です。当初は、そのようなコミュニティを与える場として企業に着目しましたが、1980年代になり、知識社会が主流になると、コミュニティの場を非営利組織に見出すようになりました。社会的な課題の解決を使命に掲げ、ボランティアや寄付などを通じて活動する非営利組織です。

ドラッカーは、そのような非営利組織の役割を「人間変革機関」「市民性創造」と名付けました。非営利組織は、企業・政府にはできない、社会の様々な課題を解決します。課題の対象となる人間を助け、人間をより良い方向に変革するという意味で「人間変革機関」です。一方で、知識社会になると、知識労働者は、社会に対する貢献の手ごたえを直接得たくなります。非営利組織は、そのような人たちを市民として組織化し、社会の貢献につなげる「市民性創造」としての役割も持っています。非営利組織のリーダーは、ボランティアやスタッフに、自らが社会に貢献していることを実感し誇りを持ってもらう、つまり人々に「位置づけと役割を実感してもらう」ためのマネジメントを行う努力をしています。ドラッカーは、このことに気づき、非営利組織を重視するようになりました。

ドラッカーは、非営利組織に対して、単に良き意図だけではダメで成果を上げるマネジメントが重要であることを説きました。当初、その考えは非営利組織に受け入れられませんでしたが、次第に主流になってきました。

営利企業と非営利組織の違い

--非営利組織のマネジメントは、企業のマネジメントとは違う難しさがあるでしょうね。

ドラッカーは、営利企業と非営利組織の違いとして「ボランティア」と「評価」をあげました。ボランティアは、雇用契約に基づかず、あくまでも自由意志に基づいて働くので、ある面では扱いが難しい人材です。しかし、非常に素晴らしい働きをする人材でもあります。ボランティアをマネージするには、彼らの社会への貢献の想いを満たし、組織の使命への共感、明確な目的と任務、訓練、尊厳あるフィードバックなどを提供することが必要です。
次に評価ですが、非営利組織には、企業の「利潤」のような明確な「ものさし」がありません。そこでドラッカーは1993年に『非営利組織の「自己評価手法」』を発表しました。その評価手法には5つの質問があります。

①我々のミッションは何か
②顧客は誰か
③顧客にどのような価値を提供するか
④我々の成果は何か
⑤我々の計画は何か の5つです。

これらの問いは、全体的な所から具体的施策へと考えるようにできており、ミッションと顧客・顧客価値を絶えず見直し体系的に考えることで、具体的な成果・計画を吟味していきます。

ドラッカーから学んだ非営利組織観は、米国の非営利組織だけではなく、それまでに私が共に仕事をしてきた東南アジアやアフリカの非営利組織ともぴたり一致していました。彼が言う、非営利組織の考え方は、どれにもあてはまるもので、普遍的なものだと考えました。そこで、こうした非営利組織が日本でも発展すると考えた私は、1995年に『非営利組織の「自己評価法」』の翻訳版を出版しました。

阪神・淡路大震災をきっけかけに

--田中さんが、『非営利組織の「自己評価法」』の翻訳版を出版した1995年頃の日本の非営利組織はどんな状態だったのでしょうか。

この本を出版した1995年には、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きていました。阪神・淡路大震災では、震災被害の復興のために、非営利法人が最初にかけつけ、大勢のボランティアが来ました。一方で地下鉄サリン事件では、高学歴の人たちが自分の目標を定められずに、悪質なカルト教団に入っていました。ドラッカーはそのような日本の状況を観察し、『非営利組織の「自己評価法」』の翻訳版に対して、日本人向けに長い序文を書きました。

そして、この序文の中で、「もし、日本が、一人ひとりの位置づけと役割を持つ社会を築くことができなかったら、オウム事件に象徴されるように、秩序を失い病んでいく。しかし、ボランティアと非営利組織の活躍を見れば、人々が位置づけと役割をもっていきいきと生きる社会を築く力が日本にはある。日本は今後10年で非営利組織が発展していくだろう」と言いました。果たして、日本では、阪神・淡路大震災がきっかけになって、1998年に特定非営利活動促進法ができました。これは従来の公益法人の他に、今までボランティア活動を実施してきた団体に、NPO法人という法人格を与え、政府が支援しようというものです。そして、実際にこれを活用したNPO法人が急速に増加していきました。しかしながら、私は日本のNPO法人の状況を見て「何かが違う」と感じました。

--その「違い」とは何ですか。

非営利組織は寄付やボランティアなどの市民性が基盤なのに、実際には行政の委託業務の下請け化が進行しているのです。市民の寄付金で成り立つNPO法人は少なく、その多くが事業収入で占め、しかもそのかなりの部分を公的機関からの委託に頼っており、補助金を入れると収入の7割以上を公的資金に依存しているというのが、平均像です。しかも、NPO法人の多くは、財務基盤は弱く、収入は、事務所が持てる分岐点と言われている年500万円以下のものが半数います。

確かにNPO法人の数は増大していますが、市民と結びつかず、市民社会を強くする原動力となるべき役割を十分に果たしているとは言えません。社会を構成する個々人が市民となり、社会の課題を解決するのが、市民社会です。私たちは、有権者であり、納税者であり、生活者です。私たちの行動が企業、政府のあり方にも跳ね返ってきます。有権者としての当事者意識の目覚めが必要であり、「市民性」の創造が非常に重要なのです。日本では、確かにNPO法人は増えましたが、何が望ましい非営利組織であるのか。その芯になる支柱がよく見えず、市民とのつながりをうまく築ききれていないのではないかと思いました。

「市民性」「課題解決力」「組織力」

--田中さんは、日本の非営利組織の現状を変えたいと思ったのですね。

もう一度原点に立ち返り、望ましい非営利の姿を明らかにし、非営利組織がそれを目指して切磋琢磨しあう環境を、市民社会の中に作りたい。そういう想いで、2009年に、非営利組織評価基準検討会を立ち上げました。非営利組織評価基準検討会は、NPO、NGOの実践者と、研究者たちからなる混成チームです。この検討会で最初に行ったのは、優れた非営利組織に関する定義づくりでした。

「自らの使命のもとに、社会の課題に挑み、広く市民の参加を得て、課題の解決に向けて成果を出している。そのために必要な、責任ある活動母体として一定の組織的安定性と刷新性を維持している。」というのが、その定義です。そして、これをエクセレントNPOと名付けました。次に評価基準を作りました。ここで言う評価とは、望ましい非営利組織として何を目指すのか判断するためのよりどころを示すという意味です。

--それは、どのような評価基準ですか。

エクセレントNPOの3つの条件は、「市民性」「課題解決力」「組織力」です。そして、この3つのテーマをもとにして、33の基準を作りました。「市民性」とは、寄付やボランティアといった組織への参加の募集を市民に公開し、市民の参加を促していくということです。「課題解決力」とは、社会的な課題に対して、その原因を視野に入れた解決策を提案し、実行することによって、人々の生活の質や行動様式を大きく変化させていくことをさします。「組織力」とは、組織の使命、目的を達成するために一定の持続性をもって活動し、更に創意工夫力や課題発見力を発揮して、活動や組織を刷新していくことをさします。そして、実際に「エクセレントNPO大賞」では、このような評価基準をもとに、応募してきた非営利組織を評価し表彰します。

--「エクセレントNPO大賞」では、具体的にどのように評価するのでしょうか。

この賞に応募するためには、非営利組織自体が、自己評価を書くことが必要になります。このこと自体が、当該組織に対する教育効果を持っています。応募してきた非営利組織については、先ず「市民性」「社会変革性」「組織安定性」をそれぞれ評価し、市民賞、課題解決賞、組織力賞を設けて、該当組織を表彰します。更に、総合的に優れたものを「エクセレントNPO大賞」として表彰します。今年度の第4回から、市民と非営利組織の循環を見るために、クラウドファンディングを2次審査に入れました。自己評価やクラウドファンディングは、応募組織にとっては、かなり大変な作業になりますので、モチベーションの高い組織が応募してきます。

一人ひとりが位置と役割を持つ自由な社会

--田中さんの今後の抱負について教えて下さい。

今後も、エクセレントNPO大賞を継続実施していきたいと思います。但し、これらの活動の最終目的は、非営利組織をよくすることだけではありません。非営利組織の質の向上による競争が起き、より多くの人が非営利組織に参加する好循環を作り、市民社会の足腰を強くするのが目的です。今は優れた非営利組織を選び出す段階ですが、もっと市民と非営利組織との交流、循環を図りたいと思います。企業で働いている人たちも巻き込みたいと思います。例えば、今あるNPO法人は、市民性の創造だけではなく、課題解決力の強化も求められています。それには、企業で働いている優秀な人たちも必要です。企業の中で、次の人生を考えている人たちとマッチングしたい、働き方改革という大きなビジョンのもとでやりたいと思います。現在、私は、自分が関連している非営利組織に寄付を出して頂いている企業に対して、塾を開いています。いろいろな人たちとつながりを作りながら、巻き込んでいきたいですね。

--最後に、読者に対してメッセージがありますか。

ドラッカーの思想の原点は、「一人ひとりが位置と役割を持つ自由な社会」です。そして、そのような位置づけと役割を与えるコミュニティとして、非営利組織の重要性をあげました。日本は、江戸時代には、地域の消防組織や寺子屋など、人々の自発的な相互扶助組織が発達していた国でした。しかし、現在は福祉国家化や高度成長のため、政府や公的機関に頼るようになっています。今後は、それだけでは機能しなくなり、自発的な相互扶助の仕組みが必要になってくると思います。例えば、今後は人口減などにより、人の消滅地域がどんどん増加していくことが予想されます。これらの地域には公的サービスが届かず、住民が寄り添ってやっていくしかありません。複雑な課題解決のためには、政府や企業に頼らない自発的な市民による活動が必要になってくるのです。皆さんも是非そのようなことに関心を持っていただき、非営利組織の活動にも参加していただきたいと思います。

 

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