#068 人間ドラッカー博士の思い出(その2)

斉藤勝義(清流出版(株)出版部顧問)

 

来日の日程と講演会

ドラッカー博士の来日は、多くの場合、日本での自分の著書の出版と同時期であった。読者の反応を直に感じ取り、反応したいという目的で、多忙な日々の日程を調整して、日本に来られた。しかもそれは翻訳本の刊行日より余り遅くならない時期を選ばれた。このことは広く読者層(特に現役のビジネスパーソン)を刺激し、拡大するに大いに役立った。
講演会は、東京では経団連、大阪では生産性本部を中心として展開され、個々の企業にも広がっていった。会場は、ほとんど講演会開催日以前に満員となった。

A4版1枚の講演メモ

ドラッカー博士の信条として、講演の内容は事前には誰にも明かさない。せいぜい目次を2~3教えるだけ。ドラッカー博士の言うところによると、内容を事前に明かすことは講演者も聴講者も緊張感が薄れて、何となく聴いているという感じになる。ドラッカー博士自身も聴講者の年齢層や職種のリストを見て、壇上に上がる直前に手書きで話す順序や内容を決める感じであった。従って、壇上にはA4版の手書きメモ1枚しか持って上がらない。正に聴講者を見て、判断して話を進める感じであった。

一度困ったことが起きた。同時通訳で講演会を行うということで事前に新人の通訳者とドラッカー博士が打合せを行うことになり、私も同席したが、博士はA4版用紙に手書きの講演メモを1枚持ってきて、それを通訳者に手渡した。受取った同通者は、「これだけですか、もう少し詳しい資料が欲しいのですが」と言った。ドラッカー博士は、「現時点では自分でも内容は解らない。講演では、私も真剣に聴講者を見て話すので、あなたも私の話すことを真剣に聴講者に伝えて欲しい」と言った。「聴講者も真剣に聞き入るだろう。講演会は話し手、通訳者、聴講者の真剣勝負の場所である。私は、いつもそう思って講演をしている」とドラッカー博士は云い切った。

ドラッカー博士は、打合せの最後で女性の通訳者へ、3ヶ所フランス語を使うところがあるが、その意味はこうであると親切に教えていた。そして、「時間があったら私のこの本を読んでおきなさい」と言って本を渡した。厳しい反面、やさしい思いやりの心を持ったドラッカー博士の一面を見た。

新幹線ひかり車窓より

東京-大阪、新幹線の旅

新幹線は大抵グリーン車の窓際の席であったが、時々普通車の窓際の席を希望された。理由は単純なことであった。グリーン車では限られた人々の様子しか見られないが普通車の場合は様々な人間像が見られる。博士は特に女性の服装と手に持っている物に関心があったようだ。時代の変化が読みとれる感じがすると云っておられた。

ある時、ドラッカー博士はいつもの通り窓から遠く富士山の姿を見つけることを楽しんでおられた。初秋の或る日の午后ひかり号で大阪に向かった。三島駅を通過してまもなくドラッカー博士が、“I saw Mt. Fuji! I saw Mt. Fuji clearly!” と声高に叫び、“Tomorrow’s seminar in Osaka will be successful!” と付け加えた。

そして、次の瞬間ドラッカー博士は、私の耳もとで“Look, she is a beautiful and elegant woman! She is in the family way.” と多少興奮気味に云ったので、私はその方角を見た。和服を上品に着込んだ30歳前後の女性が手に巾着を持って通路を歩いていくのが見えた。私は “in the family way” という意味を知らなかったので博士に尋ねたら “pregnant (妊娠)” という意味であることを教わった。同時に、“pregnant” の女性は一番美しく円熟しており気品があるのだと言っておられた。

ドラッカー博士は駅弁にも大変興味を示し、大阪から帰る時間が午後5時近かったので駅弁を買い、一緒に美味しく食べた思い出もある。東京へ向かうひかり号で、静岡駅を通過してトンネルを過ぎた頃、“I saw Mt. Fuji. Mr. Saito, did you see it?” と私に知らせてくれたが、既に富士山は見えず私は見過ごしてしまった。ドラッカー博士は、“I saw Mt. Fuji!” と誇らしげに云った、こんな無邪気な面も持っておられた。

 

 

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