#033 My master is Drucker

内藤孝司(医療法人る・ぷてぃ・らぱん 理事長兼CEO)

 

今から10年ほど前、私が見る世界は灰色だった。

クリニックを開業して5、6年。疲弊するだけの日々が過ぎ、経営する意味は見いだせず、未来を思い描くこともできなかった。所属する医師会は巨悪であり、来院する患者はゾンビ、看護師は抵抗勢力、その他スタッフはコストでしかなかった。

「経営は楽しい」
「は? どこが? 冗談はよせ」

いくらがんばって、がんばって、働いても、誰も理解してくれないし、何も変わらない。もう、努力する気力もない。
だから、俺は借金を返すためだけに、開業医を仕方なくやっているんだ。
借金を完済したら、コンナシゴトハマッピラゴメンダヨ。

そう呟いて、SSRIやエチゾラムを口に放り込むー。
私の心は深淵に沈み込み、完全に腐っていた。
もう、経営者としては終わっていたー。

しかし、書店でドラッカーの『マネジメント【エッセンシャル版】』を手にとって、ページを開いたその日から、私の人生は大きく変わる。

「マネージャーとして初めから身に付けていなければならない資質が、1つだけある。才能ではない。真摯さである」

「最近は、愛想良くすること、人を助けること、人付き合いを良くすることが、マネージャーの資質として重視されている。そのようなことでは十分なはずがない」

重厚な文章が圧倒的な力を持って、私の胸を強く衝いた。
まるで稲妻が体を駆け抜けたようだった。
そして、顔が歪み、涙が滲むー。自分は決してダメだったわけじゃない…。

その日から、ドラッカーは私の先生となる。経営者として落伍者だった私を、深い淵から引きずり出し、再度経営者としてのスタートラインに立たせてくれた。

ドラッカーは私がダラダラしていると、「時間は最も希少な資源。時間をマネジメントできなければ何もマネジメントできない」と警鐘を鳴らし、スタッフの不得手ばかりを問題視していれば、「部下の弱みに目を向けることは、間違っているばかりか無責任である」と戒めた。

また、経営判断で迷うことがあれば、「過去ではなく、未来を選べ」とアドバイスをくれた。しかし、厳しい意思決定を迫られる場面に遭遇し、ついつい弱気の虫が出てしまうと、「困難や不快や恐怖があっても決定はしなければならない。エグゼクティブは好きなことをするために報酬を手にしているのではない。なすべきことをなすために、成果をあげる意思決定するために報酬を手にしている」と私を厳しく叱責した。

ただ、雇用した新卒がすぐに離職し、落ち込んでいるときには、「最初の仕事はくじ引きである。最初から適した仕事に就く確率は高くない」と慰めてくれた。

ある日、ドラッカーは難しい質問をしてきた。

「われわれの使命は何か?」

そう問われて、慌てて自分たちの使命を真剣に考えて、クリニックの皆で理念を見直した。

「われわれの顧客は誰か?」
「顧客にとっての価値は何か?」

そう聞かれて、自分たちの組織の真の顧客は子供達とその家族と知った。そして、ただ病気を治すのではなく、満足を与えることが大切だと気づいた。

「われわれにとっての成果は何か?」
「われわれの計画は何か?」

難しい質問ではあったが、子供たちの笑顔があふれる、そしてスタッフが喜びと成長を感じることができる素晴らしい組織を創り、それを広めることで社会に貢献できると考え、実行することにした。

ドラッカーの5つの質問に答えていくことで徐々に、スタッフたちはかけがえのないパートナーであり、患者さんは理想の顧客だと気づくことができた。

ドラッカーありがとう。

今、自分が生きている場所は、真に自由を感じることができる、光り輝く、美しい世界だった。

  • ドラッカー学会 Drucker Workshop