#060 宝塚歌劇団100年の歴史から学ぶ 人が輝き組織が活きる心と身体の磨き方(2)

堀内明日香

現在は、宝塚歌劇団卒業後、学んだドラッカーのマネジメント論を活かし、女性のみならず、経営者やビジネスマンを対象に各地で講演活動や企業の社員研修などで活動中。

 

身体から入る

宝塚音楽学校では一年目は予科生、二年目は本科生として学び、宝塚音楽学校を卒業すると宝塚に入団します。実際に宝塚の世界に入ってみると、こんな教育が待っていました。

宝塚の理念は「清く正しく美しく」 です。この理念を浸透させるために、 行動規範を持ち、具体的な行動になっていることが重要で、またその理念が現場へとつながっていることが大切です。

そして宝塚は、全体で一つの作品を作るプロです。 組織またチームとして、皆が同じベクトルになるように、コミュニケーションを徹底するのです。

一般的な学校教育では、言葉での理解が中心となりますが、宝塚音楽学校は異なります。言葉で分かるだけではなく、それを身体に落として理解するのです。こうして我々は、はじめて真の意味で理念と伝統を理解します。我々は理念をトレーニングによって身体能力化しておりました。

・組織の文化をつくるために

宝塚音楽学校一年目の基本姿勢は 「体側」で、頭から手先まで、そして 足先まで真っ直ぐにします。

そのとき、私は少し背中が反り過ぎて傲慢な態度に見えたそうです。上級生より「堀内さん、姿勢が堂々としすぎ」とご指摘を受け、「もう少し謙虚に身を構えなさい、姿勢に心が出るから」 と教えていただきました。確かに納得です。姿勢とは型であり、型に心が出るので す。まずは、型を整えることから心を整えていきます。

「心」とは空気のように見えないものです。型を整えることは心を整えることに通じ、型を学ぶことは心を伝えることに通ずるのです。

・一人の失敗はみんなの失敗

宝塚音楽学校一年目は必ず下級生から先に上級生の方へご挨拶をしなければなりません。私がたまたま宝塚市街を歩いていたときに、上級生に気付かず、ご挨拶ができなかったときがありました。

その夜、上級生よりご指摘を受けました。「堀内さん、本日挨拶していなかったでしょ」と。街の中でも、私のことを見て下さっていたのだなと思うと頭が下がります。

そして翌日、その上級生が私の同期に「昨日、堀内さんがした失敗を言ってみて」と聞きます。そのとき、私の同期が私の失敗を言えなかった場合、「堀内さん、同期に失敗を伝えてないわね」となるのです。個人がした失敗は、皆(同期)で共有しなければいけないのです。

また私が同期にその失敗を伝えても、同期が覚えていなければ伝えたことにはなりません。相手が理解できるよう伝えるというコミュニケーションの基本も、ここから学びます。

上級生は下級生が規則を覚えるまで、徹底して見てくださります。これらの指導のお陰で、全員が一年間でたくさんある規則をしっかりと覚えることができるのです。

そして、何より「一人の失敗はみんなの失敗」という「連帯責任」の意識がはぐくまれ、全体で一つの作品を作り上げるプロ意識が育ち、最終的に「絆」を生み出します。

一見すると厳しすぎるように思われるかもしれませんが、愛が根底になければ、「叱る」ことは出来ません。厳しく「叱る」ということを通して、我々は、受け継がれてきた伝統と、愛を学びます。

叱るということは、「人格」を叱ることではありません。「行動」に対して叱るのです。それによって、はじめて叱られた意味を理解し、叱られた側に成長がもたらされます。

ドラッカーのマネジメントでは、「人をマネジメントすることと、仕事をマネジメントすることは、全く異なる」と言います。人格否定では、叱られた人間のモチベーションを下げるばかりです。私たちは仕事、つまり「行動」のフィードバックを行い、行動が正しい目的・基準・手順で行われたのかをセルフチェックできる環境を用意することで、本人の自己成長への意欲が生まれます。

宝塚では、このようにして上と下の「つながり」が今も受け継がれています。伝統ある組織には、必ず縦糸となる「つながり」があり、伝統はその縦糸を通して伝わっていくのです。「つながり」を大切にする組織こそが、繁栄していくのです。

日本には2600年以上にわたって受け継がれてきた数々の伝統があります。これらの伝統を受け継いでいくためにも、まずは身近な「つながり」、たとえば親やご先祖さま、家族との「つながり」から見つめなおすことが大切なのではないでしょうか。

・内省力

宝塚音楽学校一年目は、二年目の上級生よりご指摘を受けたことに関して、絶対に言い訳をしてはいけません。それによって何が身に付くのか。「内省力」というものが身に付きます。

条件のせいや責任転嫁をせずに、どんなときも自分の責任で物事を考えることが、成長には欠かせません。状況の変化におうじて、瞬時に判断する能力も、この「内省力」から生まれます。宝塚の方々の成長スピードが早いのは、一つに内省力を、規則の型によって身に付けていることであると思います。

・和の精神を身に付ける

一年目は学校の教育プログラムの授業時間以外、先輩のお手伝いをさせていただきます。また一年生は廊下の隅の方しか歩けません。これはすれ違う先生方、上級生へ道を譲り、敬いの心を育てることになります。授業時間以外の扉の開け閉めも、下級生が行うことになっています。そして、何か先輩に物を申すときも、必ず目線は、目上から物を伝えないよう、目線の位置を姿勢から下げます。言葉遣いも、「私がお手伝いをします」ではなく「私がお手伝いをさせていただきます」と申します。

「~する、します」は一方的ですが、「~させていただく」と言う尊敬語により調和が生まれます。

このような気遣いを「型」として学び、それが自然とできるよう習慣にしていきます。型を積み重ねることで、組織として必要な和の精神を身につけていくのです。「和」とは「合う」とも読みます。「助け合う」「語り合う」「励まし合う」ことを通して、組織としての“結び”を深めていきます。

また、このようなお手伝いを通じ、つねに周りに目を向ける「気づける心」も養います。組織やチームとして必要な感度、反応を鍛え、知覚力を身に付けていきます。知覚する力は、日々のトレーニングを積み重ねることによって、習慣として身に付けるものなのです。

・感謝を形で表す

歌劇団に上がりますと、舞台の千秋楽の一日前にお世話になった先輩に、 「感謝のカード」を渡す習慣もありました。この手書きで感謝の気持ちを伝える習慣を通し、感謝の気持ちは心で思っていても駄目で、しっかりと形で 相手に伝えることの大切さを学びます。

お中元、お歳暮等々、日本人は言葉にならない感謝の気持ちを、このように型を通して伝えていますので、宝塚が大切にしていることは、特別なことではなく、日本人の心の型、そのものを大切にしているのが分かります。

・究極の素直さづくり

宝塚において、百年間の歴史の中で 流行りの欧米の成功哲学や一人ひとりのモチベーションを上げる等の取り組みは、過去に一度も組織として取り入れたことはありません。「報告・連絡・相談」を基本軸として、チームの絆、信頼関係を作り上げていきます。

また 我々は、「報告・連絡・相談」等を先輩に実施するとき、「反省事・失敗事」も伝える仕組みを持っています。その 反省事・失敗事が例え先輩、同期また舞台のお客様に気付かれていなかったとしても、伝えるのです。

私も自分自身しか知らない失敗事を、先輩に自白して叱られたことはありましたが、してしまった反省事・失敗事を隠す方がよっぽど辛いのです。このように、一年目から自らの失敗事は、皆が自白する雰囲気が完全に作られていきます。その背景には、今までの先輩方が作り上げてきた組織の文化があり、その文化の根底には宝塚という舞台に対する誇りがあるからこそ出来るのです。

以上の決まりを守ることは、舞台におけるクオリティや、舞台での安全管理にもつながっています。たとえ些細な「反省事・失敗事」であったとしても、舞台(現場)で質の高い仕事をするために、自分の判断ではなく、組織としての価値観を優先するのです。仕事に高い基準を設定することで、伝統への誇りが生まれ、それが一人ひとりの内発的なモチベーションへとつながります。

・プロとしての意識を育む

以上のように、宝塚一年目から何をしているかというと、「究極の素直さづくり」であると同時に、伝統を受け継ぐために必要な「プロ意識」を育てています。素直に謝れない人間は、絶対に他人にサポートしてもらえません。誰が見ていなくても、「お天道様が見ている」。こんな日本の心の美しさが、宝塚の源流にあるのです。

ドラッカーもまた、ギリシャの彫刻家フェイディアスの言葉を引用して「神々が見ている」という、仕事に完璧さを求める精神の重要性を説きました。著書 “マネジメント”の中では、「優れた文化を実現するために、必要とされることは行動規範である。真摯さの重視である。正義の観念と行動基準の高さである」と書き記しています。

・同期で注意し合える関係が、強いチームをつくる

宝塚音楽学校二年生の時のことでした。二年生は一年生を指導する立場になりますが、一年生の時に徹底的に規則を身体に入れると、全員がマニュアルを見なくても指導できるようになります。

また私が二年生の頃、一度同期に厳しく叱られたことがありました。それは、私が一年生の頃、苦手だった規則に関して、一年生ができていなかったときに私は甘く指導をしてしまったのです。

同期たちとはこの規則に関して守れていない下級生がいたとしたら、大切な決まりごとだから、「しっかり厳しく伝えていこうね。それが伝統を守ることだから」と予め話し合っていたことでした。そして同期に私はこのように指摘をしてもらいました。

「貴方一人が甘く指導をしてしまうと、下の子は舐めてしまって、伝えるべきことがしっかりと伝わらなくなるよ」

本当にその通りなのです。それからは下級生への指導は、下級生のため、組織のため、そしてゆくゆくはお客様のために、何一つおろそかにできないことを同期から教えてもらいました。今考えると、伸びる組織、強いチームとは、上司から指摘を受ける前に、同期でどれだけお互いの成長のために、 愛を持って指摘し合える関係にあるかだと思います。そこには信頼関係が築き上げられていることが前提となります。

このことに関してドラッカーは、「真摯さに欠けるものは、組織を腐敗させる。企業にとって最も価値ある人材を台無しにする。組織の文化を破壊する。業績を低下させる」と言っています。

上記のドラッカーの言葉を知ったときに、私が下級生に甘く指導してしまったことは、組織の文化を破壊することにつながると、この言葉は自分自身への戒めとしています。

・完全なコミュニケーションは、経験の共有から生まれる

またドラッカーは「コミュニーションとは情報を伝えることではない」と伝えています。では、本当のコミュニケーションとは何でしょうか。ドラッカーは、「コミュニケーションとは知覚である。人は自らが知覚できるものしか知覚できない」と言っており、人は、自分自身が経験したことしか深く理解できないという意味です。

もし若い新入社員に教えるときには、口頭であれこれと伝えるよりも、一度お手本を見せて、場の共有、体験、経験を共にすることの方が深く伝わるということです。ドラッカーの言葉では「大工に話すときは、大工の言葉を使え」と言います。

宝塚が百年間以上、組織が維持発展した根底には、理念を身体で浸透させる「完全なコミュニケーション」をし、 理念を継承していたことが要にあると思います。ドラッカーは、「完全なコミュニケーションとは必ずしも情報を必要としない。実際どんな論理よりも、経験を共有することが、完全なコミュニケーションをもたらす」と伝えたことと一致します。

宝塚はトップスターもその他団員も、すべての人が核となる理念を行動規範の「型」を通して身体で経験し、落とし込み、受け継いでいるから強いのです。核となる理念を「型」を通し、 身体で受け止めるルールがあると言うのは組織の維持発展にかかせないのではないでしょうか。そして、この「型」を通して脈々と精神を受け継いでいくには、一人ひとりに志がないとできないことであると感じています。

また宝塚音楽学校には、予め規則を紙で書いたものはありません(自分自身で規則をレポート用紙にまとめることはあります)。すべて口伝で伝えられております。一年目に徹底的に身体で覚えたものは、マニュアルがなくても全員が同じことを伝えていけるのです。本来、大切なことは人から人へ口伝で伝えることが必要なのかも知れません。核となる同じ経験を共有することが、伝統(理念)を受け継ぐことへとつながります。

 

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