「予期せぬ成功」を利用する
隠れたニーズを暗示する客
ドラッカーのいう「イノベーションのための7つの種」のなかで、最も成功しやすいのが「予期せぬもの」という視点である。
ある建設会社の例を紹介する。その会社は公共事業の受注を中心に業務を営んできたが、公共支出の削減などもあり、しだいに事業は先細りになっていた。そんななか、かねてより月に数回ほどの頻度で奇妙な電話がかかってくることに気づいた。いずれも、「造園はやっていないか」という問い合わせだ。造園会社ではないので、「そのような業務は範囲外」と断ってきた。
だが、顧客の側からすれば、建設業も造園業もたいした違いはないのかもしれない。社内の一人が、「そのような問い合わせは、隠れていたニーズを暗示しているのではないか」と気づいた。同様の問い合わせを累計してみると、決して少なくない件数だった。それを機に造園事業まで手を広げ、いつしか造園を中心業務とする会社に変わっていったという。
これに類する話は数多くある。「一人カラオケ」がいい例である。「カラオケは複数人で楽しく行うもの」というのは固定観念にすぎない。現に一人でカラオケ店に来る客が少なくないのであれば、事業として成立しても不思議ではない。
違和感のある客が来たときに、それが本当の客かもしれないとの意識を持つこと。「うちでは扱っていません」と即答するのをやめることが大切である。
日常の些事を丹念に観察する
変化には兆候がある。花はある日突然咲くわけではない。咲く前に必ずつぼみをつける。「予期せぬもの」を見つけ出すのは、いわば花のつぼみを丹念に見つける作業である。
たとえば東京の神田駅あたりでは、夕方から居酒屋が込み合っているのに驚かされる。不況の影響でビジネスパーソンの残業が少なくなっているためだ。居酒屋チェーンは、そんな変化をとらえて夕方早めの時間から営業し、成果をあげている。
「キットカット」の逸話を知る方も多いであろう。なぜか受験シーズンに売上が伸びていることに気づき、その理由が商品名(きっと勝つ)にあることに気づいたことから、新しい商機を見いだしたという話である。
「予期せぬ成功」を仕組み化する
「予期せぬもの」は、たまたま発見するのではなく、日常的に見つけ出す仕組みが必要である。経営者が「予期せぬもの」の視点を持っていたとしても、その多くは現場で、顧客との接点で起こるのだ。それが組織の上層部に伝わってくるようにするには、何らかの仕組みが必要なのである。
アメリカのディズニーランドの例を紹介しよう。たとえば園内のショップで、お客さんがアイスクリームを買いに来たとする。そのお客さんがアイスクリーム以外の何かを望んだら、それをすべてメモしておくのだという。「アトラクションのマップはありませんか」と聞かれたら、マップを所望するお客さんがいたことをメモしておく。
理由はその場で分析しなくてもいい。「この1週間で、マップを所望するお客さんが30名いた」という記録が残っていく。後でこの記録を見て、「このショップには、マップを欲しがるお客さんが多い」ということがわかると、マップを置くようにする。理由はわからなくても、対応する仕組みができているところが大切である。
ポイントは、メモをして記録を残していることだろう。1か月単位、あるいは2か月単位で見なおして、何を意味しているのかを考え、対応できるようにする。
顧客と接する部門、電話を受ける部門などの部門長が、経営陣や開発部門に対して「予期せぬもの」のレポートを毎月1回提出している企業もあるという。このような仕組みを、自らの事業のなかで考えてみるといい。