イノベーションは仕事である
イノベーションはそよ風
イノベーションを概念的に明確化したのが経済学者のシュンペーターだとすれば、それを方法化したのがドラッカーである。
価値創造は、昔から職人芸といわれ、教えることのできないものと考えられてきた。だが、日本の武道などは体技でありながら、伝達のための方法を持っている。ドラッカーはそこに着眼した。
イノベーションは、一人の天才による大発明ではなく、組織的に行われるべき日常の仕事である。ドラッカーはイノベーションをそう捉え、凡人でも学びうる何がしかの型を見いだした。彼は『イノベーションと企業家精神』のなかで、そのポイントを「イノベーションのための7つの種」として紹介している。
ドラッカーは、あえて頭の中で構築された概念から議論を始めなかった。膨大な数の事例を丹念に観察した。その結果として得られた洞察は、「イノベーションの機会は、暴風雨のようにではなく、そよ風のように来て去る」であった。
「イノベーションはそよ風」。そよ風とは、変化の兆候を指す比喩であろう。ここがドラッカーのイノベーション論の導入部となる。
イノベーションは気付き
イノベーションは、経済的な要因というよりは、「気付き」という感情や心の動きに関わる作用であり、そうした側面を意識することが重要である。論理だけで考えるのではなく、違和感などの知覚を大切にせよということだ。
自分を取り巻く社会には、常に異なる見解や異なる感性が存在している。たとえば、本人にとっては快い香水の匂いが、隣の人にはものすごく不快というのは日常的によくある話だ。「むしろ自分と異なる見解を、積極的かつ体系的に収集すべき」とさえドラッカーは言う。
また、わかっていながら実現できなかったようなことには、「言い訳」や「自己規制」がついて回るものだ。イノベーションの多くは、こうした言い訳や自己規制の類を乗り越えることによっても実現される。
見えざるものに気づくアプローチ
先に挙げた「イノベーションのための7つの種」のなかで最も易しく、最も成功に近いとされる第1の種が「予期せぬ成功」である。原語は「unexpected results」で、「予測できない成果」あるいは「期待されていなかった成果」とも解釈できる。
そもそも予期しうることのなかに、いい機会などそうはない。自分が予期することは、他人も予期しているものだ。幸いにというべきか、この世の中は変事や不測に満ちている。明日の新聞の1面トップ記事さえ、事前に予測できるものではない。
「予期せぬもの」を「機会」と見なすと、どんなことでも「機会」に転換できる。今日起こった出来事の意味をどう解釈し、いかに「機会」に転換するかが重要なのだ。
むしろ想定外の変化こそが、ビジネスの“主食”というべきである。予期せぬ何かに接して、ため息をつくか、しめたと思うかの違いである。どう解釈するかは、解釈する者の自由なのである。