人生の宝物

ヴェルディの『ファルスタッフ』

「日本では80歳にもなるとみなリタイアしてしまう。ドラッカーさんはどうしてまだこれだけ若々しく独創的で知的な活動をしておられるのか」

かつてジャーナリストの小島明氏が、80歳で来日したドラッカーにインタビューしたときの話である。この質問に対し、ドラッカーの答えはこうだった。

「人生において私が宝としているものが二つある。一つは日本、もう一つは『ファルスタッフ』である」

ドラッカーが生まれたウィーンは音楽の都である。親戚にも音楽家が多い。じつは彼自身も音楽家、とくに作曲家になりたかったという。彼はハンブルグで働いていた18歳の頃、毎週のように音楽会に足を運んでいたようだ。そこでヴェルディの『ファルスタッフ』(シェークスピアの史劇『ヘンリー四世』などに登場する老騎士。喜劇のオペラ)を観て、全身が震えるほどの感動を覚えたという。

最高の作品は何か?

さらに、それがヴェルディの80歳のときに書いた最後のオペラだったことが、ドラッカーを驚かせた。かくも高齢の人が、どうしてあのような生き生きとした人間賛歌の大作をものにできたか。そのときドラッカーは、自分も最高のものを遺すべく挑戦を続けたいと思ったという。

当時、ヴェルディはすでにドイツのワーグナーとヨーロッパの音楽界を二分する富と名声を得ていた。友人たちは、そんなヴェルディに幸せな引退を勧めたというが、彼は「決してやめない」と断った。「人間だけが失敗から学ぶことができる。私は多くの失敗をしてきた。したがって、私は努力を続けなくてはいけない」とヴェルディは答えた。

ヴェルディは、「どれが最高の作品か」と聞かれたとき、「次の作品」と答えたという。ドラッカーも同じ質問に対して、やはり「次の作品」が変わらぬ答えだった。

 

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